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2009年6月 アーカイブ

2009年6月26日

アパルトヘイト廃止後

アパルトヘイト廃止後の南アフリカ共和国のことを話し合うために全18政党・組織が参加した民主南アフリカ会議(CODESA(コデサ))が1991年12月と1992年5月に開催された。しかし、交渉中にANC系組織とインカタ自由党 (IFP。ズールー族系)との武力衝突がトランスヴァール州(現ハウテン州など)、ナタール州(現クワズール・ナタール州)で頻発し、多くの死傷者が出た。そのためにしばしば交渉は中断、延期されるものの1993年4月に26政党・組織が参加した多党交渉フォーラムで、選挙までの政体として全政党・組織が参加した暫定政府を同年12月に発足させることに決まり、同時に暫定憲法も制定した。

1994年4月にようやく全人種が参加する選挙が行われ、5月にネルソン・マンデラが大統領となり新政権が樹立された。得票率は、アフリカ民族会議(ANC)62.6%、国民党20.4%、インカタ自由党(IFP)10.5%、その他という結果である。アフリカ民族会議は黒人票の90%を獲得したと推定され圧倒的な強さを見せたが、単独で憲法を制定できる2/3には届かなかった。

マンデラは民族和解・協調を呼びかけ、アパルトヘイト体制下での白人・黒人との対立や格差の是正、黒人間の対立の解消、経済制裁による経済不況からの回復に努めた。

ツツ主教を委員長とする真実和解委員会を発足させ、人権侵害を行ったと指摘された人物・団体は刑事訴追を行った。経済政策として、公共事業を通じて失業問題を解消させ、土地改革によって不平等な土地配分を解決し、5年間に毎年30万戸以上を建設することで住宅問題の解決を図り、上下水道などの衛生施設の完備をし、2000年までに250万世帯を電化するといった計画を発表した。しかし、実施機構整備の遅れ、財源不足、人材不足から達成するにいたらず、特に黒人への富の再配分の実施は遅れ、失業は増大し、社会犯罪は激化した。このことが先進諸国からの投資や、企業進出を妨げる要因となっている。このような状況から黒人の新政権への不満が高まることになった。

その後、ターボ・ムベキが新大統領に就任した後も状況は変わらず、失業率は3割を超え、犯罪率も高く、またエイズが蔓延している。

現在では、多くの白人たちがこの国を離れ、残された人々は混乱の中で暮らしている。美辞麗句が散りばめられたこの運動は皮肉にも国民の幸福には繋がってはいない。貧困の差が拡大し、黒人のなかから200万人規模の富裕層が生まれる一方、貧困層が二倍に拡大している。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

とても痛ましい歴史です。繰り返さないような世の中でいてほしいですね。

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